日本の非暴力の政治的市民運動と自由


原発について考える

筧 次郎


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 その 一.  「想定外」と「近視眼」
 その 二.  原発技術と貧しい「私」観
 その 三.  原発をなぜ止められないのか
 その 四.  原発はなぜ止められないのか(承前)
 その 五.  原発と宇宙開発の裏にあるもの
 その 六.  知識の闇
 その 七.  「がまん量」について
 その 八.  自主規制値
 その 九.  有機農業の危機と自主規制値

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茨城
筧次郎、白土陽子夫妻


かけいじろう :
百姓・哲学者。1947年、水戸市の信願寺に生まれる。1983年から筑波山麓で百姓暮らしを実践。2002年から自給自足の暮らしで自立の精神を養う「スワラジ学園」の学園長を勤めている

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茨城
自立社会への道
収奪の五〇〇年を超えて 著:筧次郎 新泉社 2010

〈近代の超克〉に向けて。
「構造的な収奪の時代」にあっては、経済成長を続けるために無用な産業を創り出し、どこまでも収奪を続けなければならない。
工業社会の豊かさに疑問をもち、自給自足の暮らしを求めて百姓となった哲学者が、収奪された人々の視点から500年の近代史を問い直し、自立社会への転換を説く。
補論「なぜ原発をやめられないのか」を収録。

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茨城
百姓暮らしの思想
丸い地球の暮らし方 著:筧次郎 新泉社 2010

〈暮らしの自立性〉を求めて
工業社会の見せかけの豊かさではなく、自給自足的な生活の豊かさを求めて。

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茨城
百姓入門
奪ワズ汚サズ争ワズ 著:筧次郎・白土陽子新泉社 2009

1983年以来、筑波山麓で有機農業を実践してきた筧、白土夫妻が、自然のリズムとともに生きる自立の暮らしを季節感豊かに語る。

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茨城
オーガニック自給菜園12ヶ月
著:筧次郎 著:新田穂高 山と渓谷社 2008

ー 有機自給菜園の基本技
− 作物別・栽培のポイント
− 野菜づくり12カ月
ー 田んぼをつくる

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茨城
ことばのニルヴァーナ
歎異抄を信解する 著:筧次郎 邯鄲アートサービス 新泉社 2004

信じるということ;阿弥陀仏とは何か;罪悪深重という悟り;秘法というまやかし;よき人について;法脈ということ;行について;三願転入と悪人の自覚;母の慈悲と仏の慈悲;空と縁起〔ほか〕

著者紹介:百姓・哲学者。1947年、水戸市の信願寺に生まれる。1983年から筑波山麓で百姓暮らしを実践。2002年から自給自足の暮らしで自立の精神を養う「スワラジ学園」の学園長を勤めている

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ことばの無明
存在と諸存在 著:筧次郎 新泉社 1979



 その 一.  「想定外」と「近視眼」



   昨夜ラジオで聞いたことだが、「原子力発電を今後どうするべきか」というアンケート調査があり、「止めるべきだ」と考える人が十二パーセントしかいないという。新聞の論調も、簡単に言えば「もっと安全性を高める必要があるが、原発を止めるわけにはいかない」というのが大方の意見である。

   こんな大事故を起こしてまだ目が醒めないのかと思う。人間の愚劣さに絶望する。あまり先がない自分の歳を思えば、「どうぞ勝手におやりなさい」と言いたくもなるが、ちょうど「山笑う」といわれる季節、山桜の花や雑木林の芽吹きが美しい文様を作っている裏山の景色を見ると、この瑞穂の国・日本を子孫に伝えたい。現代人の思いあがりと闘わなければならないという想いも湧いてくる。己の無力さを自覚しないわけにはいかず、何を叫ぼうとも今までと同じようにドン・キホーテのような行為に過ぎないと思う。しかし若いころから「哲学」つまり「考えること」を仕事の一つにしてきた私は、「原発と何なのか」「私たちはなぜ原発を止められないのか」を、できるだけ鮮明に観ることが、ここでも自分の仕事だと思うことにした。

   東京電力や原子力工学の研究者はしきりに「想定外」という言葉を使い、あまりにも大きな地震や津波だったので「仕方がなかった」と言いたがっている。しかし私は「やっぱり大事故が起きてしまった」と思った。私は原子力工学の専門家ではないから、原発の事故が地震と津波、それにつづく電源喪失によって起こるだろうと「想定」していたわけではない。しかし私の本を読んでくださっている方は、私が繰り返し原発技術の無謀を指摘してきたことをご存知と思う。私は、人間の認識作用はどのようなものかについて長いあいだ研究してきた。したがって科学者の知識はどのような性格のものかということについては、失礼ながら原子力工学の研究者たちよりもよく解っているつもりである。

   この点について専門的な議論に関心がある方は、拙著『ことばの無明』を参照していただきたいが、議論を進める都合上、ちょっと難解になるがここで簡単に述べておきたい。

   私たちは普通、私たちの認識作用は「この宇宙のあり方を写し取る」ことだと思っているが、実際には実在は一定の構造を持ったものではなく、私たちの認識作用は「この宇宙を自分たちが生きやすいように一つの構造物として見る」ことなのである。

   動物は先天的にプログラムされた本能的な世界を生きているが、人間だけが後天的に学習し開発した知的な世界を生きている。人間の数百万年にわたる歴史は、本能的な世界を失い、代わりに知的な世界を獲得してきた歴史であると言うことができる。人間だけがなぜそのような道を歩むことになったか。それは人間だけが大脳を生まれてから後に教化する(構造化する)可能性を持ったからであり、具体的には人間だけが「体系としての言語」を持ったからである。人間の言語はコミュニケーションの道具であるよりも先に、この宇宙を構造化して見るための枠組みであり、認識の道具である。

   私たちの知的な能力は乏しく、個人であるいは一世代で言語(と、それと一対に構造化されたイメージの世界)を創り出すことはできない。人間は言語を媒介にして世代から世代へと、より豊かな構造を持った世界を創る営みを積み重ね、伝承して、数百万年の時間をかけて現在あるような知的な世界を創り出したのである。  さて人間の認識作用が以上のようなものであるとすると、それは次のような特徴を持つことになる。


 1) 人間の、世界についての知的理解は、「人間中心のもの」、さらに言えば「私中心のもの」であって、偏っている。
 2) 人間の認識は真理への的中性とは無関係である。つまりどれが「より真理に近づいているか」という基準で優劣を判断するべきものではない。
 3) 科学的な認識も、なんら「いっそう真理に近づいている」のではない。科学もまた世界を構造化して理解するための「ひとつの」言語の体系であり、とくに近代の自然科学は、ヨーロッパ言語の構造の延長としてある人工言語である。
 4) 言語を作るために必要な時間の長さを思えば、いくら知的な能力が優れた人でも個人の能力は微々たるものである。したがって科学的な認識は近視眼(目先のものしか見えない)にならざるをえない。


   私は三十年ほど前に自費出版した『反科学宣言』以来、科学の近視眼性を訴えてきた。正確に言えばこの近視眼性は科学だけではなく、私たち人間の認識の一般的な特徴である。しかし、私たちの日常言語は上に述べたように何万年もの長い時間をかけてゆっくりと形成されてきたものなので、いくら近視眼であってもその間に淘汰され、次第に安心できる世界になった。だから伝統的な技術には「想定外」が起こることはほとんどない。たとえば私たちがキノコ料理やフグ料理を楽しむことができるのは、長いあいだに多くの人が誤って毒のものを食べて、命を落としたり病に苦しんだ結果である。きわめて入念な人体実験を繰り返した結果、毒を持つものと安全なものが見分けられるようになり、フグなら安全な捌き方も確立してきたのである。

   科学は仮説を立て実験で検証する(正確に言えば反証がないことを示す)という優れた方法を持っている。その方法でキノコやフグの毒を調べれば、ずっと短期間のうちに食べられるか否かの区別をつけることができたであろう。しかしその方法には何万年もの時間に代わるほどの信頼性はない。それを自覚せずに科学者の限られた実験で新しい技術をどんどん世の中に出してきた。その結果いろいろな分野で「想定外」が起こって、人間の社会を危うくしているのである。
   たまたま四月六日の新聞に、「北極圏でオゾン層の破壊が過去最大規模に進んでいることが分かった」という記事が載っていた。北極圏のオゾン全量の四〇パーセント以上が破壊されたという。

   フロンガスによるオゾン層の破壊の問題は、科学の近視眼による「想定外」の典型であろう。フロンガスは一九三〇年にトーマス・ミジュリー・ジュニアという科学者によって発見された。無毒である。分解しにくく安定している。燃えない。電気を通さない。低温で気化する。安価であるなどの便利な性質を持っていたため、化粧品などのスプレー製品からエアコン、エレクトロニクス産業で使う溶剤まで広く使用されてきた。ところが一九七四年になって「想定外」が起こっていることが分かった。地上で使われたフロンガスが、ゆっくり上昇し、八年ほどかかって成層圏に達し、フロンを作る塩素分子が不安定になってオゾン分子を破壊することが分かったのである。一個の塩素分子がなんと一〇万個ものオゾン分子をつぎつぎに破壊してしまうという。最も破壊力のある特定フロンは一九九五年までに全廃されたが、一〇〇年かかって成層圏に達するものもあり、影響は長く続くと心配されている。

   フロンを世に出した科学者に「オゾン層の破壊を想定するべきだった」といっても無理であろう。重要なのは科学技術は原理的に近視眼にならざるをえないということを自覚し、もっと謙虚になるべきだということである。

   各地の病院で耐性菌が生まれ、院内感染が起こっていることも「想定外」の一例である。これは農薬使用と合い通じる「想定外」だが、生物の世界を甘く見すぎた結果恐ろしいことが起こりつつある。抗菌剤を使って病菌を殺してしまおうとすれば、その薬に強い病菌が必ず増えてくる。これは進化の法則である。つまり、抗菌剤があるという環境が持続すればかならずその環境に適応したもの、抗菌剤に強いものが生き延びて子孫を増やそうとする。抗菌剤を分解する能力を持つ病菌(多剤耐性肺炎桿菌)や、抗菌剤を排出する能力を持つ病菌(多剤耐性緑膿菌)などが生まれることになる。抗生物質は結核などを克服した画期的な薬であって、これに変わる方法はほとんど見あたらない。これが効かない病菌が増えるとなると深刻な状況になるだろう。今現在は病院のなかだけの現象であるが、耐性菌の割合が五パーセント以上になると日本中に広まる恐れがあるという。耐性菌が増えてしまった原因のひとつは、抗生物質の乱用である。たとえば家畜を劣悪な環境で飼育し、抗生物質で病気の発生を抑えるなどということが普通に行なわれている。私たちにとって非常にありがたい発見であった抗生物質をできるだけ長期に使うためにも、どうしても必要なときのみに使うようにしなければいけないのである。

   農薬にも同じ原理による「想定外」が起こっている。つまり害虫や病菌や雑草がどんどん耐性を持ってきて、農薬が効かなくなっているのである。科学者はつぎつぎに新しい農薬を発明して対応しようとしているが、この「いたちごっこ」はきりがなく、その過程で私たちの体が蝕まれていく。一世代が数ヶ月から長くても一年の害虫はどんどん世代を代えて農薬に強くなっていくが、人間の一世代は長く、農薬に強くなることはできないからである。抗生物質の場合は、その多大な恩恵を考えると、まったく使わないというわけにはいかないだろう。できるだけ慎重に使い長く使えるようにするしかないが、農薬の場合は方法そのものを変えたほうがよい。人口は食べものがある限り増えていくので、食べものを危険にしてまで増産を追及するのは間違っていると言わなければならない。

   さて、このように科学技術の「想定外」はいろいろあり、これはたまたまのことではなく、科学の方法に内在する欠陥であるということを自覚する必要がある。問題は科学技術への過信である。伝統技術でも、自動車や飛行機のような科学技術でも、人間は失敗を繰り返しながら、それを教訓にしてより安全なものへと改良してきた。これが私たちの近視眼を克服する唯一の方法である。ところが原発事故ではそれができない。スリーマイル島の事故やチェルノブイリの事故で科学者は多くのことを学んで原発技術を改良した。しかしこの度の事故でも初めてのことがたくさん起こり、どうやったらよいか分からないという様子が素人目にも見て取れた。これが原発技術の最大の欠陥である。失敗を繰り返せないような技術に挑戦してはならない。それは勇敢ではなく無謀であると私は思う。














 その 二.  原発技術と貧しい「私」観



   二酸化炭素などの温室効果ガスによる地球の温暖化が声高に言われだしてから、新聞には「原子力は二酸化炭素をださないクリーンなエネルギーです」という広告が頻繁に載るようになった。  

   四半世紀も百姓暮らしをやっていると、温暖化を実感する。たとえばジャガイモの植え付けの適期はこの辺りなら春の彼岸頃だった。それより早いと出てきた芽がまず遅霜にやられてしまうのだった。ところが最近はもう少し早く植え付けたほうがよく穫れる。ジャガイモは霜にあたると枯れ、反対に気温が三〇度を超えると枯れはじめるが、最近は遅霜が少ない代わりに三〇度を超える時節が早くくるので、彼岸播きでは生育期間が短くなってしまうのである。また畑の害虫も昔なら九州にしかいないと言われたものがどんどん北に移動している。これも温暖化の証拠だろう。だから温暖化が誤りだとは思わないが、最近の国際的な動きは不自然で、私などは原発推進のために仕組まれているのではないかと思ってしまう。

    一九七〇年代に、石油があと三〇年くらいしかもたないという説が広まり、「だから原発が必要だ」と言われたものだった。これも地球温暖化問題と同じで、石油の枯渇は必ずやって来るし大変な問題だけれども、三〇年経っても四〇年経ってもなくならなかったことはたしかで、どうやら三〇年枯渇説は原発推進派が流したデマだったということらしい。

    原発を増やしても二酸化炭素の排出量が少なくならないのは過去の変化を見れば明らかである。原発の増設は電力消費を増やしただけであった。地球の温暖化はエネルギーを大量消費する工業文明そのものを改めなければ解決されないのである。しかし莫大な金を使って繰り返される宣伝にはやはり効果があり、今では原子力は化石燃料よりもクリーンだと思っている人が多いが、これほど破廉恥な宣伝はない。

    原子力は二酸化炭素は出さないが、二酸化炭素とは比較にならないほど「ダーティ」な核廃棄物を出すのである。いうまでもなく福島原発は事故を起こして危険な放射能を「生んでしまった」のではない。事故は放射能を環境中に「ばら撒いてしまった」ことであって、原発を運転する限り、事故があろうとなかろうと厖大な放射能が生まれる。原発の是非を論じるときは、私たちは何よりそのことを問題にするべきである。

    チェルノブイリの事故では、原子炉の爆発によってヨウ素が五〇〇〇万キューリー、セシウムが五〇〇万キューリーも撒き散らされたが、福島原発では一〜三号機の原子炉の中に、その約四倍もの放射能があるという。

 原発を利用する限りは厖大な核廃棄物が残る。そして後々のことは考えず見切り発車で原発を利用しながら、現在の人間はその核廃棄物をどう扱ったらよいか分かっていない。使用済み燃料などのいわゆる高レベルの放射性廃棄物がだいたい安全なレベルに達するには一万年以上かかるという。現在の人間には無毒化するすべがないので、冷やしたり隔離したりして人間に害を及ぼさないように管理するしかない。

    核廃棄物の管理には世界中で定まった方法がなく、大別すると二つのやり方になっているようだ。ちょっと難しいが、日本の現状を知るために避けて通れないので触れておきたい。(私の理解に誤りがあるかもしれない。誤りはご指摘いただけるとありがたい)

    日本では「核燃料サイクル」という、実際には「サイクル」になっていない構想で管理しようとしている。原子炉から取り出された使用済み燃料は強い崩壊熱を出しているので、原子炉建屋内のプールの中で冷やしたあと、再処理工場に運ばれる。そこで再び燃料として使うことができるウランやプルトニウムが取り出され、残りの高い放射能を持った廃棄物を処分する。この廃棄物は液体なので、ガラスと合わせて固化し、キャニスターというステンレスの容器につめ、最終処分場の地下深くに貯蔵する計画である。

    「計画である」といったのは、最終処分場がどこにもなく、実際には処分できないからである。キャニスターの表面の放射能は猛烈で、製造時には毎時一四〇〇〇シーベルト、三〇年冷やし続けたあとでも毎時五〇〇シーベルトもあって、人間が近づくことはできないという。それを地下三〇〇メートル以上のところに置く計画だが、いくら地下深くに貯蔵しても何千年も安全なのかだれも分からない。どこに住む人もそういう危険なものを受け入れたくないと思うのは当然で、莫大な交付金を餌にして誘致先を探しているが、見つからないのである。

    ところで、この「核燃料サイクル」は、プルトニウムを高速増殖炉の燃料として使うという構想があってはじめて成り立つもので、高速増殖炉があまりにも危険すぎて実用化できないことが分かった現在では、再処理は無用なプルトニウムを蓄積するだけで意味がない。そこで、日本では辻褄合わせのために高速増殖炉で使うMOX燃料を普通の軽水炉で使う「プルサーマル」という方式を導入した。福島原発でも三号機はMOX燃料を使っていたが、これは放射能の量が増え(アルファ線一五万倍、中性子線一万倍、ガンマ線二〇倍という)、危険性も高まる。プルサーマルの使用済み燃料は崩壊熱もすさまじく、地下に埋められる温度に下がるまでなんと五〇〇年も冷やし続ける必要があるという。

    福島原発の事故でも、私は三号機の状態がとくに心配である。爆発で建屋の鉄骨がグニャグニャになっているのは三号機だけだし、建屋内の放射線量も三号機が特別に高い。プルトニウムは撒き散らされていないだろうか。何かを隠していなければよいがとさえ思ってしまう。

    このように再処理というのは費用が掛かるうえにいっそう危険なものを生むだけで、あまり意味がない。それでアメリカでは使用済み燃料を再処理せずにそのままガラス固化し、しかも処分してしまうのではなく、地下において管理し続けようという計画である。実際に核廃棄物が存在しており、どうにかしなければならないと考えると、私はこの方が現実的であり、日本の案より少しは安心もできると思う。多くの問題で共通して言えることだが、日本が偽善的であるのに対して、アメリカは良くも悪くも現実的であるようだ。だがアメリカでも最終処分場はどこにもない。行き場のない使用済み燃料や高レベル放射性廃棄物が、世界中でどんどん蓄積されているのが現状なのである。

    ところで、廃棄物の処理に関して、「核種変換」といううまい話があることにも触れておこう。核種変換とは、簡単に言えばプルトニウムのように半減期の長い核物質を核分裂反応を利用して半減期の短いものに変えてしまおうというのである。さらには発熱量の多い核物質を分離してその熱は利用し、比較的扱いやすい「低発熱で半減期の短い核物質」だけをガラス固化して処分するという。放射性物質を無毒化できないという現在の常識から見ると、まさに夢のような話であるが、その技術に見通しが立っているわけではなく、まじめに言っているとしても、借金を重ねた人が宝くじに当たるのを期待しているようなものである。むしろ「処分できない核廃棄物」という批判を封じるために思いついた空論のようである。

    電力は蓄積できないが、核廃棄物はどんどん蓄積される。原発を利用した恩恵を受けるのは現在の人間だけであるが、危険な廃棄物の管理は未来の世代に押し付けるのである。なんという傲慢な技術であることか。未来の世代が怒りと軽蔑を持って私たちの時代を振り返ることは明らかであろう。

    私はここに現代人のひどく貧しい自我意識を見る。現代人は誕生から死ぬまでが自分の世界のすべてで、その前と後は「私」には関係がないと思っている。私たちは自由意思を持った白紙の精神として生まれ、生後のさまざまな経験を通じて学習し、白紙の精神に知識を書き込み、自分というものを作るのだと思っている。このような「私」観と個人主義的な自由観は一対である。だから「一回きりの人生を悔いなく生きるために、自分の好きなことをして精一杯生きよ」などと言う。

    正直に言えば私自身が若い頃はこのような「私」観を持ち、個人主義的な自由を是としていたのであるが、今では貧しい「私」観であるだけでなく、事実に反した妄想だと思っている。

    これについても哲学的な議論に関心のある方は、拙著『ことばの無明』を参照していただきたいが、ここでは結論のみを簡単に述べておく。私たちの感じ方も、ものの見方も、行動の仕方も、私たちの祖先が長い歴史を通じて作り上げたものであり、私たちが主に言語の習得とともに、幼児期に無自覚のうちに身につけるものである。そのような意味で、いかなる人の「私」も民族の歴史によって作られるものであって、私たちは自分が生まれる前の民族の営みから自由ではないのである。
    昔の人々はそのことを自覚していたので、空間的にも時間的にも現代人より大きく豊かな「私」を生きていた。過去は「私」の一部であり、未来も「私」の一部であった。だから祖先を尊び、子孫のために働くことも、ごくあたりまえの「私」の行為であった。一例を挙げれば、農民は田畑を先祖から子孫へと渡していく「預かりもの」であると考え、自分の自由にしてよいものとは考えなかった。

    金を生まないお荷物の田畑を簡単に売り飛ばしてしまう人々、なんのためらいもなく里山を破壊してゴルフ場にする人々、そして未来世代に危険きわまる廃棄物を押し付けても原発を推進しようとする人々、これらに共通しているのは、過去を時代遅れのものとして顧みない驕りであり、「あとは野となれ山となれ」式の、未来に対する想像力の貧困である。

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    原発についての会員のみなさんのご意見をお寄せください。原発必要論でも、私の文章に対する批判でも何でも結構です。いま一番重要なことは市民が声をあげることです。原発は私たちの暮らしや子孫の暮らしに大きな影響を与えるのですから、この問題を専門家に任せてはいけないと思います。この小さな通信をみなさんの意思を表わす場に使ってください。

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原発や放射能について、次の本がお勧めです。
(一)『原発時限爆弾』広瀬隆著(ダイヤモンド社・一五〇〇円):原発の危険性がよく解ります。今度の事故を「想定」しています。
(二)『放射能はなぜこわい』柳澤桂子著(地湧社・六五〇円):遺伝子への影響を中心に、放射能がなぜ問題なのかを説いています。













 その 三.  原発をなぜ止められないのか



   原発事故が撒き散らす放射能が命の世界にどんな被害をもたらすのか、これがよく解っていない。

    放射能が遺伝子(染色体)を傷つけることは解っているが、何年もたってから発症する癌などの病気は、原因を特定することが難しい。チェルノブイリの事故では、七トン以上の放射性物質を撒き散らし、二十五年後の今も半径三〇キロ圏内は放射線量が高いために居住禁止になっている。しかし人的被害については死者が三三名というソ連政府の発表から、世界中では死者数十万人という推定までいろいろである。放射能による癌患者の発生数も六〇〇〇人という比較的小さな評価から、一四〇万人という極めて大きな評価まである。

    福島原発の事故後、新聞などでは一〇〇ミリ・シーベルトの被曝までなら癌になる率が〇・五パーセント上昇するだけでほとんど問題ないという学者たちのコメントが繰り返されたが、それは外部被曝の場合で、放射性物質を体内に取り込んだ結果の内部被曝では、もっと低線量でも危険だという学者もいる。一説では内部被曝は外部被曝の約一〇分の一の量で同様の障害を引き起こすという。また遺伝子を傷つけるという放射能の働きから、細胞分裂の盛んな成長期の子どもの危険性は大人より高く、一〇歳児の場合二〇ミリシーベルト被曝すると二パーセントが癌になるという恐ろしい数字もある。

    私は、あらゆる物事について、視座によって見える「事実」が異なると思っている。また人はだれでも自分の立場を正当化しようとする視座を暗黙のうちに選ぶものだとも思っている。だから放射能の危険性についてこのような認識の違いが出てきても驚かない。むしろ学者たちの認識の違いをもたらすものは何か、裏で働いている「力」を考える。言うまでもなく原発推進派は危険性を低く見るし、反対派は高く見る。そして金と権力がからんでいる推進派の視座よりも、苦しい立場で闘わざるを得ない反対派の視座のほうを信用するが、それにしてもあまりにもかけ離れた評価なのは、放射能の影響がよく解っていないからであろう。「事故を繰り返せない未熟な技術」という原発技術の弱点がここにも現れていて、学者たちは広島・長崎の原爆による被害やチェルノブイリ事故の被害など、ごく限られた経験から学習しているに過ぎないのである。

    放射能がどのくらい危険かという議論には、門外漢の私は加わらないことにしよう。ただ放射能の被害は半減期が長いものではイメージするのが困難なほど長期に続くこと、遺伝子を通じて障害が子孫に伝わること、幼い子どもがいっそう被害を受けやすいことは、多くの学者が一致して認める放射能の特徴であることを指摘しておきたい。原発を利用している(受容している)浅はかなわれわれの世代が苦しむのは自業自得だが、何の罪もない未来の世代を苦しめてよいものではないと私は考える。

    ひとたび事故が起これば体への害だけでなく、多くの人々が生活を破壊され、故郷を奪われる。事故が起こらなくても危険な廃棄物を未来の人々に押し付けなければならない。こんなに始末の悪い原発を私たちが動かす「必要」があるのだろうか。原発はなぜ止められないのだろうか。

    直感的にはだれでもそう思うに違いない。そしてたくさんの議論の後の判断よりも、感覚にすなおな判断のほうが正しい場合がしばしばあり、原発の問題では「命の直感」を大事にしたいが、周りを見渡せば、原発を止めるのは非常に困難であると言わざるをえない。

    ヨーロッパではドイツが社会民主党と緑の党の連立政権だった二〇〇〇年に脱原発を決めたが、世界中での原発推進の動きのなかで、現政権は二〇〇九年に原発推進に転じてしまった。このたびの事故で再び脱原発路線を採るかもしれないが、緑の党が政治勢力であるドイツは先進工業国でも稀な例である。

    原発はなぜ止められないのか。この問いに答えるのは、現代社会の経済のあり方を考えないと、つまり私たちの(先進工業国の)豊かさが、富や労働を収奪して得ているものであることを理解しないと難しい。

    能天気な戦後の日本人は、アメリカが主導する戦後の国際社会が自由と民主主義で成り立っていると思っているが、帝国主義(植民地主義)の時代と本質的には何も変わらない。工業製品は富と労働を収奪するための「武器」であり核爆弾をふくむ文字通りの武器も、ふだんは背後に控えているが、国際的な支配関係を維持するために役立っているのである。

    この通信では、この収奪経済を詳述する余裕はない。コロンブスのアメリカ大陸発見以来、えんえんと五〇〇年も続いている収奪の歴史を近く本にする予定なので、ぜひともそれを参照していただきたい(『五〇〇年の過ち(仮題)』新泉社刊予定)。

    さて、収奪経済は工業国の暮らしを驚くほど豊かにしたが、さまざまな困難ももたらした。
    その一つは、帝国主義の時代には植民地の収奪を基本的には宗主国が独占したが、今日では企業間の自由な競争という形をとっているため、市場獲得のための異常な競争が強いられていることである。工業界だけでなく、商業でも農業でもあらゆる産業の分野で競争に勝ったものが同業者の仕事を奪い、富を独占する仕組みになっており、競争に負けることは没落を意味する。この競争ではコストの削減が有力な武器であり、多くの企業が生き延びるためにきちがいじみた方法を採っている。安い労働力を求めて外国に工場を移転したり、非正規雇用の労働者を増やしたりする。原材料に安価なニセモノを使い、似て非なる粗悪品を異常な低価格で売ったり、食品の分野では危険な人工添加物で味をごまかしたりしているのである。製造業では電力のコストも重要な競争力であり、後に述べるようにコストが安いことになっている原発が歓迎されることになる。

    二つめの困難は、長いあいだ常態化した収奪経済が社会のシステムを変えてしまったため、現在の社会システムを維持するために、収奪を続けなければならないことである。わが家にはテレビがないが、ラジオでも震災のあとにたくさんの芸能人やスポーツ選手や芸術家が登場して、「がんばれ日本」の大合唱が聞かれた。私はこの国は応援団ばかりがなんと多いことだろうと思った。応援団ももちろんいていいが、まともな自立経済の社会ならおそらくごくわずかな数であろう。工業社会は、生きるために本当に必要な仕事をしている人が少ない社会であるが、そのような就労者の構成も常態化した収奪経済があればこそ可能なのである。また私の考えでは医療や年金などの福祉の制度も収奪経済によってはじめて実現できる社会システムであり、そうした制度を維持するためにも、なんとしても工業製品を売り続け、経済成長を続けなければならないのである。

    私たちの社会のこのような経済のあり方を見据えるとき、なぜ原発が必要とされるかが見えてくる。

    近年の原発必要論の一つは次のようなものであった。
   「地球温暖化を食い止めるために、化石燃料の消費を減らす必要があるが、代替エネルギーがなくては現在の豊かさを維持できない。太陽光などの自然エネルギーで代替するにはまだ技術的に未発達であり、少なくとも需要を満たしうる安価なエネルギーを開発するまでは原発が必要である」

    二酸化炭素などのいわゆる温室効果ガスによって地球全体が温暖化しつつあるという環境問題は、全体が根拠のない嘘だという議論もある。この通信の第一号でも触れたが、私自身は莫大な化石燃料の使用が気象の変化をもたらすと考えている。しかし一九八〇年代までは、温暖化が問題にされていても、産業革命以降の一〇〇年間で〇・七度上昇したといった控えめな数字で、重要だが緊急性のある問題とは考えられていなかった。それが京都議定書を採択した一九九七年のCOP3(第三回気候変動枠組条約締約国会議)あたりから、「緊急に対策を採らないと近い将来に平均気温が二度も上昇することになり、極地の氷が融けて海面が上昇し、沈んでしまう国もある」とか、「各地で干ばつや洪水が起こる」と言われるようになった。

    言うまでもなくこの問題では一つの国が二酸化炭素の排出量を削減しても意味がない。そこで国際的に話し合い、全体として数値目標を立てて削減しようというのがCOP3以来の流れである。京都議定書では工業国が一九九〇年比で六から八パーセント削減するという目標が立てられたが、二〇〇九年にコペンハーゲンで開かれたCOP15では、二〇二〇年までに二五から四〇パーセント削減に引き上げられた。

    すべての工業国がエネルギー消費を減らして二酸化炭素の排出量を削減するのならば、それは歓迎すべき目標である。しかし、収奪経済は欲望を開拓し、つぎつぎに商品化して売り続けないと行き詰まるのであって、そのためにはエネルギー消費を減らすわけにはいかない。つまり世界経済のあり方を根本的に改めない限り、二酸化炭素の削減という目標はエネルギー消費の削減とイコールではなく、炭素を排出しない代替エネルギーを使用する強い圧力となる。そして風力や水力が大規模に利用できる特殊な条件の国を除けば、二酸化炭素の削減は、実際には原子力利用の推進を意味することになる。企業間の厳しい収奪競争を考えれば、他の国が原発を使ってコストの安い(これは計算方法のごまかしによることを次号で見る)電力を手に入れるときに、自分たちだけ使わないというわけにはいかないのである。

    実際COP3以降「原子力は二酸化炭素を出さないクリーンなエネルギーである」という宣伝がなされるようになり、「原発ルネッサンス」とよばれる原発推進の動きが世界中で広まった。一九七〇年代には原発推進派は「もうすぐ石油がなくなる」というデマを流して原発の必要を宣伝したが、今度は温暖化問題を利用して二匹目のどじょうを狙ったのではないか、という疑いを禁じえないのである。














 その 四.  原発はなぜ止められないのか(承前)



   原発必要論の第二は、「他の発電方法に比べて原発はコストが安い」というものである。新聞を見ると、東京電力では今回の事故に伴い火力発電を使わざるを得ないために七〇〇〇億円のコスト増になるとか、浜岡原発を停止したために二五〇〇億円のコスト増になるといった記事が目に入る。古くから原発推進の旗振り役を務めている読売新聞は、コスト増の分は電気料金の値上げになると脅したあとで、「火力発電所が増えることによる燃料費の増加は、原発の稼動数が増えないと解消しない」と原発の必要を強調している。

   「原発はコストが安い」という計算は、どう見ても公正でなく、原発推進のためにする欺瞞的な計算方法の結果であることを多くの人が指摘している。これは書物でもインターネットでも情報を得られるが、ここで簡単にまとめておこう。

   第一に設備利用率の問題がある。原発は設備利用率が高く、火力や水力発電所の利用率は低く、それがコストに影響している。だがそれは原発推進が前提になっている結果である。電力は蓄積ができないので需要に応じて出力を調節する必要がある。そして原発は簡単に停止したり再稼動したりできないので、大規模に原発を使うことを前提にすれば、比較的調節しやすい火力や水力発電所のほうで調節することになる。その結果原発の利用率が高くなるのでコストも安くなる。火力発電所の利用率を原発と同じとして計算すれば、それだけでほとんど同じコストになる。

   第二に揚水発電というコストの高い「水力発電」が使われているが、それが実は原発のために存在するのに、そのコストが原発のコストに算入されていない。

   この揚水発電所というのは、やはり原発が出力を調節できないために存在する発電所である。つまり夜間の電力が余っているときに山の上に作られた貯水池に水を持ち揚げ、昼間にそれを下の貯水池に落として発電する仕組みで、このエネルギーの無駄使いのような発電方式は当然コストがべらぼうに高い(原発は一キロワット時で約六円というのに、こちらは約五〇円)。これを原発利用のために必要な一部分として計算すると、それだけでもやはり火力発電と同じコストになる。

   第三に──これが私の一番強調したいことであるが──原発のコストには厖大な核廃棄物の処理費用が正しく算入されていない。

   たしかに原発のコストには他の発電方法にはない「バックエンド費用」というものが加えられている。これは「原子炉での利用から後の工程でかかる費用」という意味で、使用済み燃料の再処理や高レベル核廃棄物の処理・処分の費用などであるが、これがどう見ても低く見積もられている。この通信の「その二」で見たように、高レベルの核廃棄物は何百年もの管理が必要で、どれほどの費用がかかるか推測するのも難しいほどである。また原発の解体や廃炉にも長い年月と費用がかかるが、その見積もりも低い。一基分として約五〇〇億円と見積もられているが実際にはその二倍以上、福島原発のように事故を起こしたものは一〇倍以上もかかるだろうという(日本では廃炉が進行中のものがあるが、まだ終わるまでにいくらかかるか分かっていない)。要するに廃棄物の処理にしても廃炉にしても、後の世代にツケを回して「原発は安い」と言っているのである。

   第四に、原発は国策として進められているので、税金からの資金投入がなされているが、これがコストに算入されていない。たとえば立地対策費用。住民が嫌がる原発を建設するため、地元には多額の交付金が支払われる。これは電力料金に含まれている電源開発促進税(四六〇〇億円にもなる)の中から出されるのであるが、この税金の約七割が原発推進のために使われている。

   第五に送電線の建設費も計算に入れるべきだという人もいる。電力会社の固定資産の約二九%が送電線の建設費である。もちろん原発だけでなく、あらゆる発電方法に必要な設備であるが、原発はその「危険性」から人口の稠密な都会の近くには造ることができず、遠くはなれた過疎地に建設すると法律で決められている。したがって、長い送電線が必要で、送電設備のかなりの部分が原発のためにかかっているというわけである。

   このように原発のコストを公正に計算すれば、「原発は安い」などとは到底言えない。さらに今回のように大事故が起こればその損失は計り知れず、原発ほど高くつくものはない。それにもかかわらず原発が推進されるのはなぜか。「後世にツケ回せる負担はツケ回して、なりふり構わず安い(とされている)電力を用いて工業製品を造り続け、収奪競争に勝たなければならない」というのも理由だが、それだけなら火力発電でよいのだから、他に本当の理由があるはずなのである。

   それは何かを考える前に、もう一つの原発必要論の嘘にも触れておこう。それはエネルギー資源の枯渇という問題に関わっている。

   石油や石炭などの化石燃料は何億年もの長い地球の歴史のなかで蓄積されてきた太陽由来のエネルギーである。したがって当然掘って使ってしまえばやがてなくなる。

   石油などがいつまで持つかはよく分かっていない。私が学生だった一九七〇年ごろには、石油はあと三〇年分しかないという説が声高に語られたが、いつまでたっても減らず、近年はあと四〇年と言われている。

   「確認可採埋蔵量」という言葉がある。これは「採掘して経済的に成り立つ油田にあると確認されている埋蔵量」という意味で、その値は世界経済の状況や採掘技術の改良で変化する。当時は一バレル三〇ドルでも高い時代だった。ところが今は一〇〇ドルを超えても使われるから、採算が取れなかった油田がどんどん利用されるようになるし、新しく発見される油田もないことはない。

   埋蔵量というのはその程度の数字で、「あと何年」に振りまわされて行動したら後悔することになるが、最近の埋蔵量を一応示しておく。石油一兆四八〇億バレル(あと四一年分)、天然ガス一五六兆立方メートル(六一年分)、石炭九八四五億トン(二〇四年分)、ウラン三九三万トン(六一年分)となっている。(資源エネルギー庁「エネルギー二〇〇四」による)

   これを見ると、ウランもあまり豊富にあるわけではなく、多くの人は原発を使ってもエネルギー資源の枯渇は避けられないという感想を持つだろう。そこで高速増殖炉の話が出てくる。原発で燃料として使われるウラン二三五は、天然ウランのなかに〇・七%しか含まれておらず、残りのウラン二三八は核分裂を起こさない。しかしこれに高速中性子をぶつけると燃料として使うことができるプルトニウム二三九に変わることが判っている。これを目的にして研究されている高速増殖炉では、天然ウランの六〇%を燃料として用いることができるため、もしこの技術が確立すれば一〇〇〇年分以上もエネルギー資源を確保できると言われている。

   原発の歴史を調べてみると、高速増殖炉は最近の発想ではなく、むしろ最初期から研究されているのであるが、危険性があまりにも高いためほとんどの開発研究が頓挫している。とくに冷却材に水ではなくナトリウム(中性子減速作用がない)を用いる困難が克服できないようである。そこで登場するのが、「温暖化対策のため化石燃料の使用を減らさなければならない。技術が発達して太陽光発電などいわゆる自然エネルギーに移行できるまでの過渡気の方法として原発が必要である」という議論である。

   私は原子力だろうと太陽光だろうと「代替エネルギー」という考え方そのものが間違っていると思っている。

   工業文明は石油などのエネルギー資源だけでなく鉱物資源も含めてさまざまな地下資源に依存して展開した文明であって、太陽光などはその一部分を代替するに過ぎない。化石燃料だけを取り上げても、現在電力として使われているのは約二割である。たとえ電力のすべてを太陽光発電にしてもその部分を賄うだけであって、地下資源の減少で立ち行かなくなる工業文明の行く末を変えることはできない。さらに太陽光発電にしてもその設備は石油などの地下資源を用いて造られるのであって、「間接石油発電である」という学者もいるのである。

   また、代替エネルギーという考えは、私たち工業国の人間が享受している豊かさを是とし、その豊かさを長く維持するにはどうしたらよいかという発想から生まれるのであるが、工業社会の豊かさは本当に人間を幸せにするのか、私はその是非を問うべきだと思っている。

   第一にその豊かさは倫理的に認めがたい。工業社会の豊かさはどこから得られるのかを考えると、三つに分けられると思う。その一つは、石油などの地下資源を独占して、つまり長いあいだに蓄積された太陽の恵みを独占して消費することであり、二つ目は、工業製品を売ることによって非工業国から農産物・水産物など、つまり日々に降り注ぐ太陽の恵みを収奪することであり、三つ目は、やはり工業製品を売って南の国の人々の労働(サービス)を収奪することである。この三つとも原理的に世界中にいきわたることはない。いつの時代でも支配者たちが豊かだったのと同じで、工業国は工業製品を武器として支配者の豊かさを享受しているのである。

   私たちがこの豊かさを追い求めるべきでないのは、単に倫理的に非難されるからではなく、私たち自身の首を絞めることにもなるからである。通信の「その三」で述べたように、収奪経済が常態化するとそれに依存して社会のシステムが作られるようになり、収奪経済を続けないとそれが立ち行かなくなってしまう。私たちはたとえ無用なものであっても欲望を開拓して商品化し、それを売り続けないと経済成長を維持できないし、そうしないと医療制度も年金制度も破綻する。そしてそうした福祉の制度が破綻したら、個人主義的な自由を追い求めて核家族化し、大家族の中にあった相互扶助のシステムを破壊してしまった私たちの社会は悲惨なことになるだろう。

   一言で言えば経済的に自立性のない社会は永続性もないのである。昔から言われているように「奢れる者久しからず」で、収奪によって成り立つ支配者の社会は必ず滅びる。国民全体が支配者の暮らしをしている工業国の社会はきわめて不安定な根無し草のようなものと言わなければならない。しかし、底辺で社会を支えてきた民百姓の自立した生活は、時代を超えて不滅である。したがって、私たちは代替エネルギーを探すよりも、代替エネルギーを探さなくてもよい、自立した社会を求めるべきであると私は考える。














 その 五.  原発と宇宙開発の裏にあるもの



   収奪経済による繁栄を維持するために原発が必要とされることを述べた。エネルギー資源を長期に安定的に確保し、できるだけコストの安い電力を手に入れて企業間の競争に打ち勝つために原発が必要とされている。

   しかしこれは、高速増殖炉を実用化するという甘い期待や、さまざまな費用を未来の世代にツケ回すことが前提になっていて、公正に評価すればウランは化石燃料よりも長期に使える燃料ではないし、コストが安いこともない。どうも原発を止められない理由が他にありそうである。

   帝国主義の時代には、収奪の対象である植民地を獲得するために、また植民地の反乱を鎮圧するために武力が行使された。今日では工業製品を武器として資源や労働の収奪が行なわれるので、文字通りの武器は背後に控えているが、豊かな工業国と貧しい非工業国との不公平な関係を、「国際秩序」として守っているのは今でも武力である。

   名高い言語学者のノーム・チョムスキーが何十年も前からアメリカの暴力を告発しているので、ぜひ読まれることをお勧めする。グアテマラ、ニカラグア、パナマ、コンゴ共和国、スーダン、南ア連邦、ベトナム、フィリピン、インドネシア、トルコ、アフガニスタン、イラクなど、多くの国でアメリカは経済的な支配を続けるために直接間接の暴力を振るってきた。アメリカはアメリカの企業にとって都合のよい政権ならばどんなに自国民を抑圧していても軍事的・経済的な援助を与えてきたし、反対にアメリカの企業の利益が損なわれるならば、武力を行使してその反米勢力を潰してきたのである。政府のこうした振るまいに対してアメリカの市民の反対運動はほとんどないが、チョムスキーによれば、アメリカではメディアは企業の占有物であり、大衆の考えを操作するための「広報」の役割を担っているので、企業に不都合な真実はほとんど伝えられないという。これは日本のメディアについても言えることだと私は思っている。

   さて、言うまでもなく人類が作った最強の武器は核爆弾であり、「背後に控えている」武力としてはこれほど頼りになるものはない。原発もそれと何の関わりもなく存在し得ないのは、原発開発の歴史を調べてみれば解る。公開されたCIAの秘密文書を読み解いた『原発・正力・CIA』(有馬哲夫著)という本があるが、これを読むと日本に原発が導入された経緯とともに、原発と原爆との関係などもよく解る。他の資料と合わせてその歴史を簡単にまとめてみよう。

   原子力がはじめて実用に使われたのは、周知のように一九四五年にアメリカで発明され広島・長崎で使われた原子爆弾である。原爆は日本を降伏させただけでなく、戦後の世界をだれが主導するかを世界に示したという意味もあった。アメリカはもちろん核兵器を独占したかったが、一九四九年には冷戦の相手であるソ連が原爆の製造に成功した。そこでアメリカはソ連よりも強力な核爆弾の研究を急ぎ、一九五二年には核融合による爆弾、いわゆる水素爆弾を完成したが、これも翌年にはソ連が追いついてしまう。

   その年の一二月に原発のスタートと言われるアイゼンハワー大統領の「アトムズ・フォー・ピース(原子力の平和利用)」演説が行なわれたのである。

   アメリカの戦略は次のようなものだった。

   ソ連は共産主義諸国に原爆の知識を伝えるだろうから、もはや核武装する国の拡大を阻止できない。核兵器を独占できないのであれば、アメリカも原子力関連の技術を積極的に同盟国や第三世界に供与したほうがよい。

これによって西側全体としての優位を保つことができる。またアメリカが主導する国際機関(これがIAEAである)が世界の原子力開発の現状を把握し、コントロールするほうがよい。

   アメリカは一方で一九四七年ごろから原子力の平和利用を計画した。初めに原子力潜水艦を造り(一九五五年)、ついで原子力発電を開発した(一九五七年)。これらは、軍事工場で生産されるウランが過剰になり、その利用法として計画されたと言われている。もっとも原発についてはソ連のほうが早く、一九五四年にオブニンスクの原発を完成させている。

   冷戦下でのアメリカのこのような戦略によって原子力技術は急速に世界に広まった。第二次世界大戦の同盟国だった英・仏・中の三ヶ国はつぎつぎに原爆を持つようになった。しかしアメリカは敵国だった日・独・伊に対しては慎重だった。日本では中曽根康弘や正力松太郎が原発の導入に熱心だったが、一九五五年一二月のCIA文書は次のように言っている。

   「原子力エネルギーについての申し出を受け入れれば、必然的に日本に原子爆弾を所有させることになる。これらはトラブルメーカーとしての潜在能力においてだけだとしても、日本を世界列強の中でも第一級の国家にする道具となりうる」


 実際アメリカは原子力委員長であった正力の要求を受け入れなかったため、日本の最初の原発(東海村)はアメリカではなくイギリスから買うことになった(一九五六年)。東海村原子力研究所の原発は一九六六年にようやく完成するが、はじめは電力を東京電力に売り、使用済み燃料に含まれるプルトニウムは原爆の材料としてイギリスに売る計画だった。プルトニウムはすぐに過剰になって売れなくなるのであるが。

   アメリカが危惧したように、原発を持つことは原爆を持つこととほとんど等しい。

   ふつう原爆を造るには90〜93%と非常に純度の高い核兵器級プルトニウムが必要で、使用済み燃料の再処理で作られる原子炉級プルトニウム(60〜70%)では原爆はできないと言われている。しかし高木仁三郎の『原子力神話からの解放』によれば、アメリカは一九六二年にわざわざ原子炉級プルトニウムを使って核爆弾の実験を行ない、成功している。原子炉級プルトニウムを用いると原爆の威力は劣るが、特別の技術は必要としないという。高木の計算によれば、二〇〇〇年の時点で日本は原爆四〇〇〇発分のプルトニウムを蓄えている。

   さらに、原爆を造らなくても、使用済み燃料をミサイルで敵国にぶち込めば同じように破滅的な効果があると指摘する学者もいる。これを「汚い爆弾」というらしい。

   ところで原爆にせよ汚い爆弾にせよ、それを敵国に運ぶ手段がなければほとんど無力であるが、日本はそれも所有している。原発の裏に原爆があるように、宇宙ロケットの裏にはミサイルが存在しているのである。

   JAXA・宇宙航空研究開発機構は、空想的な宇宙開発の夢を振りまいている。ジェット機とロケットの機能を兼ね備えた「スペース・プレイン」で東京・ワシントン間を2時間で飛ぶというかわいいものから、火星の環境を地球と同じように改造して住めるようにするといった誇大妄想的なものまで、大まじめに語られている。メディアは宇宙飛行士をタレントのように扱ってその夢に加担しているが、宇宙開発は当初から軍事技術の開発であった。

   冷静に考えてみればすぐに分かるごまかしである。宇宙ステーションは高度約四〇〇キロのところにあるが、これは東京・名古屋間くらいの距離である。地球の直径は約一二八〇〇キロであるから、もし地球を直径一メートルの球体だとすると、宇宙ステーションもスペースシャトルもわずか三センチほど外側を回っているのである。国際的な約束で一〇〇キロより遠いところは「宇宙」と言うそうだが、地球に張り付いて回っているにすぎない。研究者の眼差しは地球のほうを向いているのである。

   軍事技術である宇宙開発はいろいろな副産物を産み出した。とりわけ人工衛星を使った通信技術は巨大な産業になったけれども基本的には昔も今も軍事技術である。この技術開発には莫大な費用がかかるので、そう言っては反対運動が起こりかねない。それで「宇宙開発」「宇宙旅行」の夢を振りまくのである。

   米ソの宇宙開発競争も、原子力と同じように冷戦下での厳しい軍拡競争であった。一九五七年にソ連が人工衛星スプートニク一号の打ち上げの成功したとき、アイゼンハワー大統領は「ソ連の人工衛星は大陸間弾道ミサイルを完成したことの証明である。それには軍事的な意義がある」と言った。そして、共産主義諸国に対抗するために、NATO諸国とアジアの同盟国にアメリカの宇宙開発への参加を呼びかけた。そこに日本も含まれていた。(『原発・正力・CIA』による)

 日本の側に当初から軍事技術としての自覚があったかどうかは分からない。偽善的で能天気な「平和国家」日本だから、多くの学者たちは無自覚だったかもしれないが、官僚たちはそうではあるまい。少なくともアメリカ政府にとっては軍事技術であった。これはNASAの職員の証言を根拠にして、チョムスキーが早くから指摘していることである。

   そして、結果として日本も核弾頭ミサイルを持つ(のと等しい力を持つ)軍事大国になった。日本が開発しているH?Bロケットは低軌道なら一九トンの重量を打ち上げることができ、明らかに大陸間弾道ミサイルに転用できるという。ついでに言えば、原発にも宇宙ロケットにも三菱重工業が関わっているが、三菱重工業は日本の軍事産業の中核である。

   こういうことを述べると驚く人が多いだろうが、偽善で塗り固めた日本人だけが驚くのである。国際社会は昔も今も「力」で(もっと言えば「暴力」で)秩序付けられているのであって、けっして正義や民主主義で動いているのではない。だから力の源の一つである原発を止めるのは容易ではない。しかし、まず嘘や偽善を排し、事実を直視することからしか、この状況を克服する道は開けないと私は思っている。   


参考文献
 (1)『9・11アメリカに報復する資格はない』ノーム・チョムスキー著(文 芸春秋)
 (2)『メディア・コントロール』ノーム・チョムスキー著(集英社新書)
 (3)『原子力神話からの解放』高木仁三郎著(講談社α文庫)
 (4)『原発・正力・CIA』有馬哲夫著(新潮新書)














 その 六.  知識の闇



   原発をなぜ止められないのか、そのさまざまな理由について考えてきた、最後にもう一つの、人間の本性に根ざしているゆえに、多分克服するのが最も困難な理由についても触れなければなるまい。 それは私たち人間の限りのない知識欲である。

 原発の推進派は原子力技術を「プロメーテウスの火」に喩え、反対派は「パンドーラーの箱」に喩えているが、この喩えが問題の所在を端的に表わしている。

   ギリシャ神話によると、神がカオス(混沌)を天と地に分け、山や谷や森をつくったとき、つづいて神はさまざまな動物をつくり、巨神プロメーテウスに任せて人間をつくらせた。プロメーテウスは大地から土を少しとって、それに水を加えて練り、神々の像に似せて人間をつくりあげた。

 神はまた、プロメーテウスと彼の弟エピメーテウスに任せて、動物や人間に生きていくうえで必要な能力を授けさせた。エピメーテウスは動物たちにさまざまな能力を授けた。あるものには翼を、あるものには鉤爪(かぎつめ)を、あるものには硬い甲(よろい)を贈って、それぞれの種が滅びないようにした。ところが気前よく授けたので、人間の番になると授けるものが何一つ残っていなかった。

 困ったエピメーテウスは兄に相談した。プロメーテウスは天に昇っていき、松明(たいまつ)に太陽の二輪車の火を移し取ってきて、人間に与えた。この贈り物のおかげで、人間は武器をつくり、すべての動物を征服することができた。道具をつくって土地を耕し、また家の中を暖めて寒さを防ぐこともできた。

 大神ゼウスは天上の火を盗んだ彼らを罰するために、女をつくって二人のもとに送った。それが神々からあらゆる美徳を贈られたパンドーラーである。エピメーテウスは喜んで彼女を妻にしてしまった。

 エピメーテウスは一つの箱を持っていた。それには、さまざまな有用なものを動物たちに与えた後に残った有害なもの、病気・嫉妬・怨恨・復讐といったものがいっぱい詰まっていた。ところがパンドーラーが強い好奇心にかられてその箱の蓋をとって覗いてしまった。それで中の禍がみんな飛び出して、地上にはびこるようになってしまった……。

     「プロメーテウスの火」は、言うまでもなく人間の優れた知性の象徴である。それがなければ人間は裸のサルにすぎない。空を自由に飛びまわる鳥たちにも、すごい速さで草原を走る獣たちにも及ばない、無力な生きものにすぎない。ところが人間だけが持っている知性のおかげで、人間はあらゆる動物に勝って、自然を征服する。

 その知性の先端に「原子力技術」を見る人たちにとっては、近代の輝かしい歴史は十四世紀のルネッサンスから始まる。ルネッサンスは、神に隷従していた人間が、自分の力に目覚めた時代であった。その結果、やがて十六世紀になると、自然科学が誕生する。自然をつくった神はその意味を直接には教えてくれない。あらゆる被造物にとって、創造の意図は永遠の謎であった。ところが人間だけは、その卓越した知性を駆使して自然の意味を明らかにすることができる。仮説をたて、実験を繰りかえし、法則を引きだすという仕方で、人間は少しずつ隠れた意味を明らかにしていく。やがては一切の意味が白日に晒されることだろう。

 人間は自然の意味を明らかにし、人間の繁栄と幸せのために、自然を自由にコントロールできるようになるだろう。それだけではない。二十世紀に入ると、人間の知性はついに自然界にはない物質をつくりだし、原子力という無限のエネルギーも手に入れた。人間は神の被造物かもしれないが、いまや神からの自由さえも得ようとしているのである。

 プロメーテウス神話には続きがある。天上の火を盗んで人間に与えたプロメーテウスは、大神ゼウスの罰を受け、コーカサスの岩山に鎖で縛りつけられる。そこに禿鷹がやってきて、彼の肝臓をつつく。肝臓は食われてしまってもすぐに新しく生えてくるので、プロメーテウスの苦悩はいつまでも続くことになる。この状態は彼がゼウスに服従する気になれば終わるのだが、神の与えたこの不当な苦しみに対して彼はけっして屈服しない。

   一九世紀のヨーロッパでは、バイロン、シェリー、ゲーテなど「ロマン派」と言われる詩人たちが、好んでこの神話を題材にして詠った。彼らの詩は、人間の知性に対する自信に満ち満ちていて、ゼウスに屈服しないプロメーテウスを讃えてやまない。

 コロンブス以来、南北アメリカ・アフリカ・アジアと世界中を侵略し、そこから収奪してくる富と労働がヨーロッパを比類なく豊かにした。過剰な富が、生きるための生産活動に従事しなくてもよい多くの人々を生み出し、文化が大いに発展した。やがて科学技術が生まれ、産業革命につながって、支配者の地位をますます確固たるものにしたのである。一九世紀のヨーロッパはまさに一つの絶頂期にあった。原子力を発見する一世紀も前に、彼らは自分たちの力の源である知性を賛美したのであった。

   だが本当に人間の知性は神をも超える輝かしい力なのか。早くから機械文明の繁栄を「死に至る病」と見抜いていたのはマハトマ・ガンジーであるが、二〇世紀の後半に至って、世界の人々もようやく人間の自惚れに気づき始めた。

 自然科学はたしかに北の国々に過剰なほどの物質をもたらしたが、南の国々にはこれまでにない貧困と飢えを生んだ。二つの世界大戦をはじめとして、近代ほど多くの人間が戦争で殺された時代もない。また科学技術は、緑の野山を破壊し、川や海の水を汚し、身近な動物たちを激減させた。人間の知性は自然をコントロールしてより豊かで幸せな環境にするはずなのに、実際には自然を壊しただけで、人間は自分で自分の首を絞めつつあるのではないか。原子力も、たしかに無限のエネルギーかもしれないが、人間は原子力のように凶暴なエネルギーを使いこなすだけの知性を持っていないのではないか。

 このような視座から見ると、人間性の解放として讃えられてきたルネッサンスは、「人間の思い上がりの始まり」ということになる。自然科学は、自然の意味を明らかにする方法ではなく、自然に対する単に一つの解釈に過ぎない。それも人間中心の、身勝手な解釈に過ぎない。自然科学はヨーロッパ人に強大な武力を与え、莫大な富を与えた。南の人々から収奪してきた富を、文明が生み出した富と勘違いして、詩人たちはプロメーテウスの贈り物を詠いあげたが、それは思慮のない行為だった。プロメーテウスが天上から盗み与えた火(知性)は、神の全知とは比べるべくもない、気まぐれでいたずらな能力に過ぎなかった。それを自覚しない人間は、好奇心のおもむくままにその力を用いて、ついに手に負えない猛毒(放射能)を作り出してしまった。「パンドーラーの箱」が開けられてしまったのである。

   高木仁三郎がある講演(一九九七年一一月二八日・調布市)のなかでプルトニウムを発見した科学者シーボーグについて述べている。一九四一年にプルトニウムを発見したとき、シーボーグは「自分は錬金術師になった」と思ったという。

 錬金術は「他の物質から金を作る術」で、近代の科学(化学)は錬金術から生まれたとも言われている。多くの人がいろいろな物質を混ぜ合わせても、ついに金はできなかったが、その試みが、化学の研究につながったのであると。

   「プルトニウムは人工の元素であり、元素の大量変換という錬金術師の夢を最初に実現した元素である」とシーボーグは書いている。実際、プルトニウムは核分裂を起こして莫大なエネルギーを出すことが分かったので、単に元素を転換したという意味だけでなく、金(ゴールド)を生み出したのに等しいと自賛したのである。

 高速増殖炉についてはすでに述べた(本小論・その四)。ウラン鉱石の中身は九九%以上が燃料として使えないウラン二三八であるが、これに高速中性子をあててプルトニウムに変えれば燃料になる。そうすれば一〇〇〇年以上も枯渇しないエネルギーが手に入る。理論的にはそのとおりだが、あまりにも危険すぎて世界中で研究が頓挫していることは前に述べたとおりである。

 高木によれば驚くことにシーボーグは原爆の技術も賛美しているという。彼は、「実際の原爆の製造は、数多くの基本に関わる非常に独創的で輝かしいアイディアと、設計の詳細にあたる重要なアイディアを必要とした」と書いていて、その文章に接したとき、プルトニウムの研究者であった高木も違和感を覚えたと言っている。

 これが知識の闇である。人間は知識の開拓において「足る」ことを知らない。人間は他人ができなかったことをはじめてやりたいという欲望を持っている。そうして「独創的で輝かしいアイディア」に酔いながら、毒ガスだろうと原爆だろうと、できることはすべてやってきた。おそらく高速増殖炉もけっしてあきらめることなく、人間はその危険な技術に挑戦しつづけるだろう。

 私は科学者たちの傲慢が人類を破滅に導くと考えている。人類の破滅は原子力工学によってか、遺伝子工学によってか、おそらくそのどちらかだろうと危惧している。

 現代は科学者たちが特権階級になっている。それは収奪経済のゆえである。収奪競争に勝つためには、つぎつぎに欲望を商品化する必要があり、そのために科学技術こそが戦力だからである。これはノーベル賞の馬鹿騒ぎを見れば容易に納得されるだろう。「真理の追究」などというのはあくまでも建て前であり、科学者たちが莫大な予算を使って研究できるのは、科学技術が新しい商品を開拓し、それによって収奪経済を維持できると期待されているからである。そのような意味で、科学技術はまさに現代の錬金術なのである。

   知識の闇を自覚し、科学にもっと控えめな場所を与えねばならない。そしてそのためには、何よりも工業国に住む人々が自立経済を回復しなければならない、と私は考える。














 その 七.  「がまん量」について



   福島原発の事故がおきてから、ときどき「がまん量」という言葉を眼にする。たいていの場合、「規制値というのは、それ以下なら安全という値ではない。それ以下なら我慢しようという値である」というように使われている。

 その使い方がまったく誤りというわけではないが、政府が決めた暫定規制値について考える場合も、また私たちが自主的に別の規制値を決める場合にも、重要な意味を持ってくるので、ここで論じておきたい。

 私は今までに二度この「がまん量」という概念について意見を述べている。最初は四半世紀も前の「二つの道」(『百姓の思想』所収)という文章で、二度目は昨年書いた「リスク論を批判する」(『百姓暮らしの思想』所収)という文章で、いずれも批判的に取り上げている。

 放射能の危険性に「これ以下なら安全な量」(「しきい値」という)があるか否かは、開発当初から議論になっていた。今でも一〇〇ミリシーベルト以下の被曝では危険はないといっている学者たちがいるが、原子力を積極的に利用しようとする人々は、当然「しきい値」を設定し、「放射能が多少漏れ出ているとしても、しきい値以下だから問題はない」と言いたいわけである。

 だが放射線が細胞内のDNA を損傷するメカニズムなどが解ってくると、わずかな放射線の被曝でも障害を起こす危険性があると認めざるを得なくなってきた。今日でも議論に決着がついたとは言いがたいが、どちらかというと推進側の御用機関であるICRPも一九七七年以降は「しきい値」がないことを認めている。

 放射能の危険性に「しきい値」がなく、しかも被曝線量に比例して直線的に障害が増える(これを「直線・しきい値なしモデル」という。今のところは反証されていない「仮説」である)とすれば、許容量をどんな根拠で、どこに設定したらよいか。原子力を利用すれば作業員の被爆は避けがたいし、放射能の周辺地域への漏洩も避けがたい。許容量を決めないわけにはいかない、というわけで、別の定義が求められた。

 世界に先駆けてこの要求に応えたのが、日本の原子物理学者・武谷三男氏が示した「がまん量」という考え方であった。一九五四年のことである。

 つまり、「放射線は有害だが、原子力は社会的に有益でもある。その利益を享受するためには、ある程度の有害性も我慢しなければならない。許容量とは、その利益(ベネフィット)を考えたときに、どの程度の危険性(リスク)まで我慢できるかという〈がまん量〉である」というのである。

 武谷理論は当時から画期的なものと評価された。たとえばその当時は許容量をたてにとって原水爆実験の死の灰も安全とうそぶく学者もいたが、武谷理論によれば、人類にとって有益性のない原水爆には「がまん量」もないことになる。歴史的に見ると、この考えが原水爆禁止運動に大いに役立ったと言えるだろう。

 また武谷氏の発想は、近頃大いに流行しているリスク論の基本的な立場──ある技術のベネフィットとリスクを評価して、ベネフィットが大きい場合には、ある程度のリスクも許容する──の先駆であった。私はこの理論について、「ベネフィットの評価も、リスクの評価も、評価する学者の価値観で変わってくるので、もともと科学的でない。科学的な様相を呈しているので、人々を欺くために使用されている」と批判したのである。以下拙著の文章を引用する。

 ──武谷理論が有効であるためには、「原発は社会にとって有益である」とする価値観が認められなければならない。わずかな確率であっても人類にとって取り返しがつかない結果をもたらす大事故が起こる可能性があることや、危険な廃棄物の処理を未来世代にツケまわさなければならないことから、原発技術をまったく有益と認めない価値観もあるのであって、その場合は「がまん量」という概念が成り立たないであろう。

 実際、武谷氏は──公衆の立場にたって企業の利潤追求に結びついた安全性無視の技術を批判してきた人だが──早くから原子力の平和利用を提唱してきた科学者であった。見方を変えると、彼の許容量論は、それに道を開くためのものであった。

 武谷氏の基本的な価値観は、次の文章によく表されている。
 「私は科学者として、文明の発達や科学技術の進展を否定しようとは思わない。私は科学技術を謳歌するものである。ではこのような安全の侵害は何によって起こるのだろうか。科学の非科学的な利用、科学の不完全な利用、部分的な利用によるという他はない」(『安全性の考え方』)

 ここではこのような価値観の是非を論じない。その是非は科学技術文明が人類をどこに導いていくのかを知って、後世の歴史が決めるであろう。私が言いたいのは、少なくともこのような価値観は理論の正しさを保証するほど万人に認められているものではないということである。 (『百姓暮らしの思想』P五二,五三)

 さて、私は原発事故が起きた後も、武谷氏の理論については考えを変えていない。この通信で書いてきたように、原発がベネフィットを持つように見えているのは、危険な廃棄物を後世にツケまわし、本来算定しなければならない費用を他に押しつけ、近視眼的に経済効率を追求する場合だけである。あらゆる命の源である大地を汚しても、金を追い求める守銭奴にとってだけである。福島原発の事故は、何より「事故の確率が小さい、ベネフィットは比べてリスクは取るに足らない」と言って反原発運動を押さえ込んできた「リスク論」の原理的な誤りを露呈したと私は考えている。

 しかしながら、放射能に汚染された田畑で作物を作り、自給していかなければならないことが分かったとき、私は,武谷氏が用いたのとは別の意味で「がまん量」という概念が生きてくることを知った。

 放射能に汚染されたからといって、私はこの土地を捨てて遠くに逃げるわけにはいかない。私はこの土地を愛している。この野山の風景を愛している。できればこの緑豊かな風景の中で生涯を閉じたいと思っている。また私は自分で家族の食べものを作り、農産物を売って最低限の元金収入を得るという今の自給的な暮らしに満足している。私が放射能の危険を避けてどこか遠くに逃げることは、そうした価値を捨てることに他ならない。だから、私は放射能の危険を我慢しなければならない。以前「アレクセイと泉」というチェルノブイリ原発事故についての記録映画を観たことがある。汚染されて避難地域に指定された村に、移住を拒否して老人たちが生活している。その当時は老人たちの心情を頭の中で理解できても、どこかで「彼らも避難するべきではないのか」という思いがあったが、今は共感できる。年をとってから生活を変える困難は、放射能による死よりも大きいということがよく解る。

 そしてもう一つ、私たちが放射能汚染を我慢しなければならない理由がある。私は何度か原発に反対を表明してきたけれども、すぐにも事故が起こるという緊迫した思いはなく、あまり積極的に反対運動をしてこなかった。その結果原発を野放しにして事故につなげてしまった。そのような意味で、私は日本人の一人としてこのたびの事故に責任があると思っている。だからある程度は我慢しなければならないと思うのである。

 これらのことは私だけでなく、多くのみなさんが抱かれた思いではないだろうか。原発には何のベネフィットもない。原発のベネフィットと引き換えに放射能汚染を「がまんする」のではないが、他のさまざまな価値や責任のゆえに、がまんしよう。そのような意味での「がまん量」として、許容量を自主的に設定しようと私は提案したい。

 そうなると、住んでいる地域の汚染の度合いや各人の立場によって、許容量は異なってくると言わなければならない。私が住んでいる茨城県の石岡市の場合はどうか。これについては近いうちにベクレルモニターが入手できるので、細かな調査をしてから私見を述べるつもりであるが、ここでは基本的な考え方を述べておく。

 第一に、子どもたちは原発の利用に対して何の責任もないのに、被害は最大に受ける。日本に住む父と母のもとに生まれたという偶然性だけで大きな苦しみを持つ可能性がある子どもたちを守るために、私たちは最大限の努力をするべきである。政府が決めた年間二〇ミリ・シーベルトという値は、あまりにも高すぎる。できれば一〇分の一以下に抑えたい。

 第二に、福島原発で爆発がおきた三月一二日から三月末までの放射能はかなり高かったが、半減期の短いヨウ素一三一が減衰していった結果、現在はこの辺りではほとんどセシウムのみが問題になっている。もはや過ぎてしまった被曝を後悔しても仕方がないので、「ほとんど変化のない現在の値」を問題にするべきであろう。それは今後何十年もありつづける値だろうからだ。ちなみにチェルノブイリの事故のときに、ウクライナでは五年後の一九九一年にセシウムの濃度で汚染地域を分類した。それによれば年間五ミリ・シーベルト以上が「無条件に避難が必要な地域」、年間一ミリから五ミリシーベルトが「暫時避難が必要な地域」とされた。この値も参考にしたい。

 私は長いこと農薬や食品添加物の危険性を訴え、安全な食べものを求めてきた。農薬や食品添加物もDNAを傷つける、いわゆる変異原性を持つものが多く、癌などの病気を引き起こすメカニズムは放射能と似通っている。その農薬の発癌リスクの評価を、一九八七年にアメリカの科学アカデミーが発表したことがある。たとえば農薬を用いた慣行農法のトマトを食べつづけると一万人中の八・七五人が、ジャガイモを食べつづけると五・二一人が癌になるという。これによれば農薬使用の農産物をふつうに食べている人は、それによって一万人中の数十人が癌になる。これは二〇年以上前の資料であり、使用される農薬も変化しているので現在も同じとはいえないが、これを放射能の発癌リスクと比べると、約一〇ミリ・シーベルトに相当する。

 私たちは農薬の危険性を訴えてきたのだから、放射能についても十ミリ・シーベルトまでがまんしようなどと言うつもりはない。しかし放射能だけを異常に恐れている人もいるので、この比較は頭に入れておくべきである。

 命を軽んじても富を求めている私たちの社会は、農薬、添加物、ブラスチック類、電磁波など、このようなリスクが氾濫しているのであって、放射能だけが突出しているのではない。もちろんこのことは放射能を正当化する理由にはならない。そうしたもののすべてを社会からなくしていくように努力していかなければならないということである。














 その 八.  自主規制値



    射能がなぜ危険なのか、放射線が細胞内のDNAを傷つけ、その結果として癌や先天性異常などの障害を生むメカニズムは、かなり解っているようである。しかしどのくらい被曝すると障害が起こるかは、よく解っていない。

 ご存知の方が多いと思うが、放射線の人体への影響は「確定的影響」と「確率的影響」に分けられる。前者は被曝の程度によってすべての人に生ずる障害で、少なくとも二〇〇ミリ・シーベルト以上の高い線量を被爆した場合に生じる。原発の敷地内で事故処理にあたっている人はこれも問題だが、一般の人にとっては後者の「確率的影響」のみが問題となる。

 癌や先天性異常など何年もたってから起こるいわゆる「晩発性の障害」は、一定の放射線を浴びた人のすべてに生じるわけではなく、障害の「確率が増える」。これが「確率的影響」である。放射線によってDNAを傷つけられた細胞が死んでしまえば病気にならないし、私たちには損傷を修復する能力も備わっていて、元どおりになる場合もある。問題はDNAを傷つけられた細胞が死にもせず、修復もされず、誤った情報を出しつづけ、異常な細胞を生んでいく場合であるが、きわめて低線量の被曝でもそれが起こる可能性はゼロとは言えないのである。

 「被曝量が増えれば、障害が起こる確率が増える」ことは、学者たちが一致して認めている。また細胞分裂が盛んな乳幼児のほうが、大人よりも危険性が高いことも、たいていの学者が認めている。しかし具体的にどの程度の確率かについては、諸説があってどれを信用したらよいのか分からない。これはこの通信の第二号ですでに述べたように、晩発性の障害を追跡調査したデータが少ないことが一つの理由である。また現代社会は農薬や食品添加物などの化学物質や、電磁波、タバコ、アルコールなど、同じように「確率的影響」をおよぼすものがたくさんあり、ある人が癌になってもそれが放射線被曝のせいかどうか決めることが難しいのである。
 その結果、原発利用を推進したい人々は、確率の増加が放射線のせいであると認めざるを得ないレベルまでは、「問題はない」と主張できることになる。これが一〇〇ミリ・シーベルトである。
 このたびの事故では、政府は外部被曝については年間二〇ミリ・シーベルトまでは避難しなくてもよいとし、二〇ミリ・シーベルトまで許容している。また食品などによる内部被曝については年間五ミリ・シーベルト以下にするという目標を設定して、そこから暫定規制値(セシウム一三七なら一キログラムあたり五〇〇ベクレル)を導いている。

 政府が決めた値は、ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告に基づいている。ICRPは確率的影響について「しきい値」を認めず、被曝量を「合理的に達成できる限り低くする」ことを求めている。具体的には、平常時には年間一ミリ・シーベルト以下に、事故などが生じた緊急時には、達成の困難に応じて年間五ミリ・シーベルトから五〇ミリ・シーベルトまでにするべきであるとしている。

 政府が外部被曝の限度として選んだ二〇ミリシーベルトという値は、想定される避難者の数や補償額の大きさなどから選んだ政治的な値である。それがなぜ五ミリや五〇ミリではなく、二〇ミリなのかという科学的な根拠はない。しかし数値はともかく、このような決め方自体は非難されないと私は考える。前号で述べたように、どこに線を引くかは「どこまでがまんすると決めるか」ということであって、「どこまでなら安心か」という値ではないからである。政府は原発を使っていた過ちを認め、避難によって生じるさまざまな困難や、政府の保護能力の限界から、「二〇ミリ・シーベルトまでがまんしてください」と国民に頼めばよいのである(値の妥当性は別である)。
そうしたことを認めたくないから「この値までなら健康被害はない」などと突っ張ることになる。
 二〇ミリ・シーベルトという値について私見を述べれば、大人も子どもも同じというのが納得できない。障害は子どものほうが低線量で起こりやすいというのはほとんど定説である。たとえばJ・W・ゴフマンによれば〇歳児の感受性は三〇歳の成人の約四倍もあり、二〇ミリ・シーベルトでは三%が癌死するという。こうした数字の信憑性を問題にする人もいるが、乳幼児のいる家族はもっと低線量でも避難させるべきではないだろうか。実際、避難区域でないのに自主的に避難している人も少なくないが、乳幼児がいる場合が多い。

 外部被曝については、事態がこれ以上悪くならないという前提での話であるが、本会の会員さんたちが住んでいる地域ではあまり問題はないと考えられる。今年は三月に爆発があった頃にヨウ素一三一などを結構たくさん浴びているので、最大二ミリ・シーベルトぐらい被曝することになりそうだが、今後何年も問題なのはほとんどセシウムを線源とする被曝であり、これは一ミリ・シーベルト以下だと思われる。
ただこのあたりを測った結果でも、側溝の中などかなり線量が高い「ホット・スポット」があるようなので、そういうところを細かく調べて適当な除染をするべきである。

 問題は食品などから摂取する放射能の内部被曝である。事故が起きたばかりの頃は呼吸によって吸い込む内部被曝が問題だったが、ある程度落ち着いたあとでは飲食由来のものが九〇%以上だという。

 政府の暫定基準値は内部被曝の限度をICRP勧告の最低の値である五ミリ・リシーベルトにし、それを (1)飲料水、(2)牛乳・乳製品、(3)野菜、(4)穀物、(5)肉・卵・魚その他の五つのグループにふり分けて、それぞれ一ミリ・シーベルトを限度として規制値を決めている。政府や御用学者たちは、かなり厳しい基準にしたから安心できると言っているが、内部被曝は外部被曝より厳しい規制をしたというだけであって、基本的に内部被曝の特殊性を考慮していないのである。

 内部被曝は外部被曝の六〇〇倍も危険だという学者もいる。一七倍という学者もいる。その数字は例によってどれを信用したらよいのか分からないが、このような説が出るのは、外部被曝ではガンマ線が問題であるのに対して、内部被曝ではそれに加えてベータ線やアルファ線も問題になるからである。セシウムはベータ線とガンマ線を出すが、ベータ線はふつう数ミリしか届かないので、外部被曝では問題にならない。
ところが体の中にセシウムがあると、数ミリといえども組織に届くことになり、常時被曝することになるからである。

 この特殊性を考慮した規制値でないといけないのではないか。それでは何ベクレルにするべきか、これをずいぶん探したのであるが、年間被曝量から計算するのでは諸説入り乱れているなかで決めるのが難しいと感じた。

 そんなときに出会ったのが、『チェルノブイリ──大惨事が人と環境に与えた影響』という本についての情報である。この本はベラルーシの学者アレクセイ・ヤブロコフ、バシリー・ネステレンコ、アレクセイ・ネステレンコの、三人の共著で、二〇〇九年に英語で出版されたものであるが、残念ながらまだ邦訳さていない(ネットで評判になり、いま緊急に翻訳作業が進められているようである)。

 IAEAが発表したチェルノブイリフォーラムという調査書は三五〇の英語で公開された論文に基づいて作られたが、この本は五〇〇〇以上の論文を基にしており、ウクライナ語、ロシア語、ベラルーシ語などの論文が中心である。また医者や保健士など現場にいた人々の声も基にしているという。私はこの原著を読んでいないのであるが、ネットに内容の一部が紹介されており、この本の中に私が求めていた情報を手に入れることができるのである。

 それは次の部分である。ヤブロコフによれば、
(一)体重一キログラム当たり五〇ベクレル以上のセシウムを体内に摂取した子どもには、心臓血管系、神経系、内分泌系、免疫系、腎臓・肝臓・目などの器官に病変があるという証拠がある。
(二)汚染地域の体内のセシウム一三七の蓄積を減らす対策が必要である。その目安はこれまで与えられた内部被曝のデータから、子どもは体重一キロ当たり五〇ベクレル以下に、大人は七五ベクレル以下にするべきである。


 この提案は実際に病気になった人の体の中にどのくらいのセシウムが存在したかというデータからなされているのが特徴である。したがって私は今のところこの提案が一番信頼できると思うのである。

 さてヤブロコフの提案から規制値を計算してみる(この計算は摂取量と排泄量が体内で平衡状態に達したときの蓄積量を求める簡単な式でできるのだが、それを知らなかったので、数人の数学に強い人にお願いして複雑な計算をしてもらった。お礼申し上げます)。

 条件は以下のとおりである。
 1)幼児の体重を二〇キロと仮定すると、五〇×二〇で体内に一〇〇〇ベクレル以上のセシウムがあってはならない。大人は体重五〇キロとすると七五×五〇で三七五〇ベクレル以下。
 2)セシウムは尿などといっしょに排出される、その「生物学的な半減期」は人によって異なるし、幼児は大人より短い。幼児は六〇日、大人は一〇〇日と仮定する。
 3)一日に摂取する食物の量を幼児は一キログラム、大人は一・六キログラムとする。飲料水は汚染されていないものとする。
 この三つの条件から幼児一一・五七ベクレル(食物一キログラムあたり)、大人二六・〇四ベクレル(同)という値が算出される。

 規制値を決めるには、ふつうここで「希釈」という考えを導入する。ある値に規制値を決めても、すべての食品が規制値ぎりぎりに汚染されていることはありえない。汚染度が少ないものもあり、外国のものなど、まったく汚染されていないものもある。コーデックス委員会が、放射能に汚染された食品を規制をするときのガイドラインなるもの出しているが、それでは食事の一〇%が汚染されていると想定せよとしている。
つまり上で求めた値を〇・一で割った一一五・七ベクレルを規制値にしても、実際に摂取する量は一一・五七ベクレルくらいになるということらしい。いうまでもなくこの希釈率はそれぞれの人の食生活によって異なる。私のように汚染地域で自給自足の暮らしをしている人は汚染度がかなり高くなるし、反対に外国産のものをたくさん食べている人は低くなる。

 繰り返しになるが、規制値は「がまん量」であり、各自の生活や価値観から違ってきて当然である。汚染率も一〇%から五〇%ぐらいまで幅を持たせてよいのではないかと思う。会員のみなさんがご自分の食生活などから決めていただきたい。


  〈結論〉  スワデシの会は次の値を自主規制値とする。
 (一)体重五〇キロ以上の大人は、野菜一キログラム当たり五二ベクレルから二六〇ベクレルまでとする。
 (二)体重二〇キログラムの幼児は、野菜一キログラム当たり二三ベクレルから一一五ベクレルまでとする。
 (三)野菜はベクレル・モニターでセシウム量を測ってお知らせする。本会では二六〇ベクレル以上のものは出荷しない。ベクレル・モニターの検出限界が二〇ベクレルなので、幼児には検出限界以下(ND)のものが勧められる。

(この項つづく)














 その 九.  有機農業の危機と自主規制値



   福島原発の事故は、多くの人々に困難を強いている。ふるさとの家を捨てて移住しなければならない人をはじめ、作物を作れない農民、漁に出られない漁民、客を奪われた観光業の人などにとって、それは外敵の有無を言わせぬ侵略と同じような暴力である。
 私が長いあいだ関わってきた有機農業にとっても、それは激しい暴力であった。

 有機農業は、単に「農薬と化学肥料を使わずに、安全な農産物を作る農業」ではない。食べものの安全性は私たちにとってもっとも重要な価値の一つであり、それを犠牲にしてまで求めている工業社会の繁栄は、価値観が?倒している。そのような意味で私も食べものの安全性をアピールしてきたが、それは有機農業のすべてではない。いくつかの本のなかで繰り返し論じてきたことだが、端的に言えば、それは命を軽んじている現代農業に対する抵抗であり、農民に歪んだ農業を強いている効率至上主義の工業社会への異議申し立てである。

 私自身は百姓暮らしを真に平和な世界を求めるための方法として選んでいる。収奪経済を改め、各民族が経済的に自立した社会を作らなければ、資源や労働を収奪されている人々の反抗を、いかに力で抑え込んでも真の平和はえられないと考えるからである。私は提携の団体を作って有機農産物を売ってきたが、その提携運動は、「野菜を手掛かりにして今の社会について考えてみよう」という提案であった。「この社会をよりよいものにするために、志を共有して行動しよう」という運動であった。だから私は自分の野菜を不特定多数の消費者に売ったことは一度もない。余った野菜を直売所などで売りさばけば、多少の利益になるけれども、自制してきた。生産者と消費者に人間関係がなく、野菜とお金を交換するだけなら、志の共有などありえないし、本質的に利害が対立する。生産者はできるだけ高く売りたいし、消費者は安く買いたいだろうからである。

 だから生産者と消費者という言葉も否定して、農村会員と都市会員と言ってきた。つまり、農業と他の職業との違いはあるけれども、命を大切にする社会を作っていこうという志を共有する団体の一員だという意味である。
 それはあくまでも理念であって、現実には安全でおいしい野菜が欲しい消費者と、野菜を売って生活したい農民の団体ではないかと言われるなら、私はそれを否定できない。しかしそうした経済関係だけになってしまう「おびやかし」をつねに感じながら、そうならないように努力してきたのである。

 原発事故はこのような理念の部分を吹き飛ばしてしまったように見える。放射能汚染で、私の野菜は安全ですと自信を持って言えなくなってしまった。会員のみなさんがより安全な野菜を求めて退会しても、仕方がないと思う。

 原発事故のあと、有機農業の提携の組織ではたいてい会員数が減って苦労している。私の会は古くからの会員さんが多く、そうした方は友人関係でもあるので、若い人の組織に比べれば減り方は少ない。
しかしこのような会は毎年会員さんの個人的な事情で自然に減る分があり、同時に新しく入る人もいるので全体として大きな増減なく維持できているものである。それが今年は積極的に会員募集ができないので困っている。この春に新規就農して、まだ一人も会員を見つけられない若者もいるし、関東地方に見切りを付けて、遠く関西に移転した有機農家の話もちらほら届いている。

 今の状況は有機農業にとってまさに危機的であるというべきだろう。

 農薬を排除するのも大変だが、これは自分の努力で何とかできた。私が百姓暮らしを始めた頃は、水田はどこでも農薬の空中散布というのをやっていて、これをやめさせるのが難しかった。それでも近くの農家と話し合い、一つの谷の全体を無農薬でやることにして、旗を立ててヘリコプターがこないようにして無農薬を実現した。しかし放射能汚染は個人の努力ではどうしようもない暴力である。私たちはどこに住んでいるかで強いられる一定の放射能汚染を、逃れられないのである。

 それだけでなく、放射能汚染は私たちが重要視してきた多くの価値を脅かしている。たとえば私たちは「旬の野菜を食べるのが最も健康によい」という判断から、暖房ハウスなどの施設園芸を拒否し、いわゆる露地野菜だけを作ってきた。トマトなど病気に弱い作物では雨よけのためにビニールハウスを使っているし、年間を通じて野菜を供給するためにビニールトンネルや不織布も利用しているが、それは収穫期を少し伸ばすだけで、季節はずれのものはできない。ところが、放射性物質が降り出してから、露地野菜のほうが危険だといわれるようになり、野菜はなるべくハウスの中で作るべきだと主張する人も現れた。植物工場も安全なものを作る方法として話題になった。現在は新たに降り積もる分が少ないのであまり言われなくなったが、これは私たちがめざす農業のあり方とは逆のものである。

 次に、私たちは自立経済を回復する方法として、地産地消を重視してきた。工業製品を売って世界中から安い農産物を買ってくるという経済の構造を改めなければ、自立も得られないし、貧しい非工業国との平等な関係も作れない。だから、ガンジーが植民地インドで行なったスワデーシ(国産品愛用)運動を、私たちはこの日本でやろう。インドとは逆の立場で、収奪経済で繁栄している者が、自立を回復するためにやろう、というのが「スワデシの会」の名前の由来である。しかし、ことを放射能汚染に限って言えば、外国産のほうが汚染されていないことは確かで、私たちはジレンマに陥っている。

 たとえば私は養鶏もやっているが、遺伝子組み換えのトウモロコシやポストハーベスト農薬に反対するために外国産の安い飼料を拒否してきた。その代わりに近郷で作られるクズ小麦やクズ大豆などを餌にしてきたのだが、いま小麦の放射能汚染を心配している。もうすぐ今年のクズ小麦が入ってくる。検査の結果もしも卵に自主規制値以上のセシウムが検出されたら、私は外国産の餌に戻すことを潔しとしないので、養鶏そのものをやめようかと迷っているところである。

 地産地消はもちろん国内でも大切である。中央市場経由の広域の流通が、日本の農産物を見てくれだけがよい劣悪なものにした大きな理由である。市場では野菜をどうしても外見で評価するため、農家は化学肥料や農薬を使って均一できれいな野菜を作ろうとする。また市場は需給の調節をしやすくするために、それぞれの品目を限られた産地から大量入荷したい。それで特定産地を決めることになり、農家に単作農業を強いてきた。単作農業は生態系を無視した無理な農業であって、それが農薬の多使用につながっているのである。

 だから地方の特産物以外は地産地消ですべてを賄うのがよい。そう主張してきたが、いま福島の人に地産地消を勧めるわけにはいかない。外部被曝の多い福島の人には、遠方のより安全なものを供給するべきである。

 また、私たちは農業に永続性を取り戻すために、家畜の糞尿を肥料として利用したり、里山の落ち葉や稲藁で堆肥をつくったり、「循環性のある農業」をやってきた。しかし放射能汚染を前提に考えると、そうした行為は周辺地域に降った放射能を自分の畑に持ち込むことにもなる。私たちは畑にたくさんの敷き藁を用いる。昨年までは、収穫を終えて用済みになった藁は、燃やして灰にし、カリ肥料として畑に鋤きこんでいたが、これも放射能の添加になる。これらについては、ベクレル・モニターで細かく測ってから判断しようと思っているが、今後肥料をどのように調達するべきか、有機農業の根幹に関わる問題が投げかけられている。

 このほかにも、有機米のほうがセシウムの汚染度が高いとか、白米よりも玄米のほうが汚染度が高いといった情報もある。
 このように放射能汚染はとりわけ有機農業に厳しい状況をもたらしている。どうにかしてこの理不尽な暴力を撥ね退けて、有機農業を守らなければならない。

 さて私たちはいま「自主測定する農民の会」を作り、ベクレル・モニターを共同購入して、自分たちの野菜の汚染度を調べようとしている。有機栽培といえどもまったく安全とは言えなくなった今、野菜の汚染度を測定して会員のみなさんに伝えることが、いままで培ってきた信頼関係を維持するために最低必要なことだと考えたからであった。有機農産物に対する疑念を払拭するためにも、また農作物の放射能汚染を少なくするいろいろな対策を講じて、その効果を判断するためにも、とにかく測ることが必要だと考えたが、提携の団体は自主測定を通じてもっと積極的な行動をとることができると気づいた。それが自主規制値である。

 通信の第七号で述べたように、規制値は「がまん量」であって、「それ以下なら安全な量」ではない。私は政府が決めた暫定規制値を批判する気持ちはない。政府の立場では場所によって規制値を変えることはできない。全国一律の規制値である限り、福島県などの汚染度を考慮すれば、五〇〇ベクレルという値は、ICRPが求める「合理的に達成できる限り低く」した値と言ってもよいのではなかろうか。

 どこに線を引いても、万人を説得する根拠はないであろう。だから政府の暫定規制値を批判して、別の規制値を要求するのは難しい。また政府は一度規制値を決めたら当然「それ以下のもの」はすべて一律に扱うように指導する。ダイコンAが四〇〇ベクレルでBが一〇ベクレルであると表示すれば、だれでもBのほうを求めるので、そのような情報は市場の混乱を生むだけだからである。

 したがって、スーパーで野菜を買っている一般の消費者は、五〇〇ベクレルという規制値を受け入れる以外にない。その値に不安を抱いている人は、たとえば産地表示を見て汚染が少なそうな遠くのものを求めることができるだけである。

 しかし、提携の団体においては事情が違ってくる。野菜などを細かく測定すれば、生産地の汚染度に応じて「合理的に達成可能な」もっと低い値を自主規制値とすることができる。これは生産物を、市場を経由せずに提携で直販してきた、有機農業だけができる行動である。

 繰り返すが、規制値は「がまん量」であって、「それ以下なら安全な量」ではない。私が選択したヤブロコフの提案が、私が達成できないほど厳しい値であったり、政府の暫定規制値とほとんど変わらない値だったら、私は彼の提案を採用せず、別の値を求めたであろう。ヤブロコフの提案は、この茨城県石岡市の汚染状況から判断して実行しうる値であり、また政府の暫定規制値と比べて、会員の方にかなり安心していただける値だと思ったので採用したのである。自主規制値の妥当性についてはみなさんのご意見を伺い、より多くの人が納得できるものにしていきたい。

 私たちが用いるベクレル・モニターという器械は簡便だが誤差も多い。またこの器械による放射能の測定には現在時点でのセシウム一三七と一三四の比率など物理学的な知識が必要で、放射線の専門家でない私たちがどれだけ正確に測れるかという不安もある。しかし私はこの行動が、他の提携団体にも採用され、有機農業を守るひとつの力になることを願っている。


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自主規制値の修正 (補足)                 

 自主規制値を決めたばかりで、まだ野菜などの含まれるセシウムの量を測っていない段階ですが、規制値を少し変更します。前に示した値が間違いというわけではないのですが、その後セシウム137の生物学的半減期について、より詳しい資料を入手しました。また子どもは体重20キロの小学生を標準にしましたが、「もっと小さい子はどうなのか」という疑問も出されました。実はもっと小さい子は生物学的半減期が短いことから、規制値はより緩くてよいことになり、20キロぐらいの子が一番低い値になるのです。そうした疑問にお答えする意味でも、規制値の計算について具体的に示します。

【 I 】規制値計算の条件

  1)すでに降り積もったものが問題である場合、セシウム137は、食物から94%、飲み水から5%、大気から1%の割合で体内に入るという。現在は水道水中のセシウムは2ベクレル(検出限界)以下なので、ほとんどすべて食物から入るものとして計算する。

  2)セシウムを摂取し続けると、体内のセシウムは摂取量と排出量が次第に平衡状態に達し、一定の量になることが分かっている。その量(Q)を求める式は、1日あたりの摂取量をPベクレル、有効半減期をT日とすると、
            Q=1.44xPxT
   で求められる。有効半減期は、物理学的半減期と生物学的半減期を合わせたものであるが、セシウム137の場合は物理学的半減期が長い(30年)ので、生物学的な半減期とほとんど等しい値になる。

  3) セシウム137の生物学的な半減期は、年齢によって異なり、個人差もある。
   次の値を採用する。
    1歳;9日、10歳;38日、30歳;70日、50歳;90日
   (別の資料では、大人は50日くらいから150日くらいまでさまざま、とある)

【 II 】食物の1日あたりの摂取量も年齢差もあり、個人差もある。
    1歳;900g、10歳;1kg、30歳1.6kg、50歳;1.3kgとする。もちろんたくさん食べる人は、セシウムの摂取量が多くなる。

【 III 】各年齢の体重を1歳;10kg、10歳;20kg、30歳;50kg、50歳;50kgとする。この計算では太った人のほうが許容量が多いことになる。
 以上のデータから【 I 】の2)の式に当てはめると次のような値が求められる。
  〈1歳〉Q;50x10(体重)=500
      T;9日
      500=1.44xPx9より、P=38.6
     食物摂取量が900gなので、食物1kgあたり42.9ベクレル
  〈10歳〉Q;50x20=1000
       T;38日
       1000=1.44xPx38より、P=18.3
     食物摂取量が1kgなので、食物1kgあたりも18.3ベクレル
  〈30歳〉Q;75x50=3750
       T;70日
       3750=1.44xPx70より、P=37.2
     食物摂取量が1.6kgなので、食物1kgあたり23.3ベクレル
  〈50歳〉Q;75x50=3750
       T;90日
       3750=1.44xPx90より、P=28.9
     食物摂取量が1.3kgなので、食物1kgあたり22.2ベクレル

【 IV 】規制値を決めるには、ここで「希釈」という概念を用いる。実際に食べるときの汚染度を推測して上の値を「薄める」のである。食べるものすべてが規制値ぎりぎりの値で汚染されていることはありえないので、希釈してよいことは分かるが、実際の汚染度が何%か決めるのは難しい。それぞれの人の食生活で異なるであろう。コーデックス委員会は10%と見做して規制値を決めるように勧告している。厳しい値を取れば50%ぐらいか。

  以上から自主規制値を求める。(幅を持たせて、消費者個人個人の食生活から選んでもらうことにする)
子ども:食品1キログラム当たり30ベクレル(18.3÷0.5)〜180ベクレル(18.3÷0.1)
大  人:食品1キログラム当たり40ベクレル(22.2÷0.5)〜220ベクレル(22.2÷0.1)

  * 器械の精度を考慮して、一桁以下は切り捨てて、より厳しい値をとっている。
  *(3)の計算値を見て分かるように、子どもでは1歳より10歳くらいのほうが、大人では30歳より50歳のほうがより厳しい値になる。これは主に生物学的半減期の違いによる。



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*「原発について考える」は、今回で一応終了とします。今後は思いついたことを随時書いていくつもりです。みなさんのご感想、ご意見をお寄せください。

*原発をなくするため、各地の運動と連帯しながら、私たちも行動していきたいと思っています。ご協力のほどよろしくお願いいたします。

筧次郎
スワデシの会:kakei@cotton.ocn.ne.jp


〈linked222 日本語ページ〉
   茨城・福島の放射能汚染測定調査 <日本語>
   フランスでのチェルノブイリ原発事故の影響 <日本語>
   フランスの携帯電話用アンテナ基地局周辺の健康被害と状況 <日本語>
   『幻のダムものがたり』緒川ダム反対住民運動 インタビュー <日本語>
   生きるところ、生きる人 <日本語> 縮小経済 & ハーフビルド & DIYの話

“日本の非暴力の政治的市民運動と自由”、"八ツ場ダム反対"、“平成の大合併”に関するインタビューなど、フランス語のページ。

    [ 6 ]    "Ce que chacun peut réellement faire ou être", ou évaluer la justice dans un contexte de décroissance, "YAMBA, le plus lourd fardeau des contribuables de l'histoire des barrages du Japon"
    [ 1 ]    Japon : Reforme, Grande Fusion de Heisei, Dissolution
    [ 2 ]    LIBERTES et ACTIONS CIVILES ET POLITIQUES NON VIOLENTES AU JAPON, Tableau national et Carte Regionale d'Ibaraki de la Grande Fusion de Heisei
    [ 3 ]    "DES BRIOCHES, DES EAUX ET DES CHOUX", Kusatsu et Tsumagoi
    [ 4 ]    "La Grande Fusion de Heisei s'oppose au futur du Japon !",  Hiroshi Itoh, maire de la ville de Kutchan, Hokkaido


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